僕が暮らしている秋田県由利本荘市には、ミスタードーナツがない。
かつてはとあるスーパーマーケットの中に出店していたのだが、数年前に撤退してしまった。だから、ミスドを食べたくなったら、隣の秋田市か横手市まで小一時間ほど車を走らせる必要がある。
たぶん僕の家からは、どちらに行くにも同じくらいの時間がかかるのだけど、決まって横手市のミスドへ行っている。ほぼ一本道で運転が楽だという理由もあるが、横手市のミスドには少なからず思い入れがあるのだ。
今の職場に勤める前、僕は横手市の増田町という場所で働いていた。6年ほど前の話だ。僕が働いていた会社は、業績が個人の評価に直結し、ひいては支店の評価にも繋がるようなところだった。この世に存在するほとんどの会社がそうなのだろうけれど。
いずれはこの会社に欠かせない戦力になるぞと、自信だけはたっぷりに働き始めた僕だったが、入社早々その自信は砕かれ、自らの出来の悪さを思い知ることとなった。お客さんに迷惑をかけ、上司には怒られ、さらに自信を失くしてと、完全に負のスパイラルに陥った。早く今日が終わってくれと思うだけの毎日だった。酷いときにはアパートに帰ってからも明日の仕事のことを考え、次はどんな失敗をしてしまうのかと要らぬ不安を自分自身で煽るような日もあった。
そんなとき、僕は気持ちを落ち着かせるため、横手市の中心部へあるミスドへよく足を運んだ。甘い物は好きだし、仕事のことは一度忘れられるよう、ちょっとでも行動した方がいい。
すっかり日も落ちてからスーツ姿でミスドにいる男は僕だけだった。だけど言うまでもなく、店内にいる誰しもがそんなことは気にしておらず、皆が目の前のドーナツに集中していた。この空間では誰もドーナツのこと以外は考えていない。現にほら、僕だって仕事のことなんて頭から消え、どのドーナツを買うかで頭がいっぱいじゃないか。
テイクアウトではなく、必ず店内で食べるようにしていた。少しでもドーナツに集中するためだ。
ポン・デ・リングのモチモチした食感は、不安な気持ちやマイナス思考を優しくほぐしてくれた。
ゴールデンチョコレートはどんなに気をつけて食べても必ずトッピングが溢れる。…完璧じゃなくてもいいのかな。
明日、退職願いを出そうと決意した日はオールドファッションを注文。考え方はシンプルに、自分がどうするかだ。
そういう訳で、横手市のミスドは僕にとってちょっとした聖地となっており、今でもそこへドーナツを買いに行っている。さすがに店内で食べることはもうないけれど。
家に帰ってから、落ち着いてドーナツを食べる。時々、思うのだ。前の仕事を辞めずに続ける方法はなかったかと。苦しいときでも味方になってくれる人はたくさんいた。もう少しだけ、踏ん張ることはできただろうか。でも、あのタイミングで辞めてなければ、今の職場に拾ってもらうこともなかったかもしれない。タイミングが少しでもずれていたら、僕の運命はどう変わっていただろう。
ドーナツの穴を覗いてみても、答えが分かるはずもなかった。