良い人そう

何年前だったか忘れたけれど、職場の人から女の子を紹介して貰えそうになったことがある。貰えそうと書いたのは、結局のところ紹介してもらってはいないからだ。というよりも、とある理由で最初から僕が引き下がったのだ。

職場の人はその女の子に僕の写真を見せたそうだけど、僕を見た女の子の感想が「良い人そう」だったらしいのだ。あくまで僕の考えだが、良い人そうは見た目に惹かれない場合に言うセリフだ。一度も会ったこともない人間が良い人かどうか分かる訳がない。良い人そうという言葉の裏に隠されているのは、見た目がタイプじゃない場合に絞り出す「無理」だ。見た目に惹かれないというビハインドの状態で会ったとしても、逆転は難しい。そういう訳で、職場の人のご厚意は大変有り難かったが、女の子と会うのは止めておいた。

そもそも「良い人そう」は褒め言葉でもなんでもない。「良い人」ならばこれはもう間違いなく褒め言葉だが、そこに「そう」が付属した時点で全く意味を成さない。考えてみてほしい。「かっこいい」と言われれば嬉しいけど、「かっこよさそう」と言われたって意味が分からない。それと同じ事だと思っている。

僕はルックスに恵まれていないことを自覚しているので、良い人そうと言われても残念でも何でもなかった。むしろ、見た目に褒める部分がないのに、無理して良い人そうという言葉を絞り出してくれた気遣いが有り難かった。見た目を褒められる男になりたいと、常々思っている。

ちなみに、僕もその女の子の写真を見せてもらった。良い人そうだなって思った。