井の中のアイランド

エクスとプレス

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たぶん、その日は最初から機嫌が悪かったのだろう。高校の英語教師の話だ。

高校1年生のとき、僕のクラスでは、日直が次の授業までに黒板を消すことになっていた。きっとこの世のほとんどのクラスでそういうルールになっているだろう。しかし、その日の日直は黒板を消すのを忘れ、次の授業を迎えてしまった。そして冒頭の英語教師である。

授業開始の挨拶が終わるやいなや、英語教師は前の授業の名残がある黒板に板書を始めた。静かに顔を見合わせるクラスメイト。お構いなしに進む英語の授業。そう、この教師は黒板が消されていなかったことに腹を立てている。事の重大さに気づきそわそわする日直。だけど、この状況で今さら黒板を消しに行ける訳がない。現に、英語の授業は淡々と進んでいる。

はっきり言って、大人げないなと思った。教室に入ってきたときに一言、「黒板消して」と言えばよかったじゃないか。その日の日直は普段はしっかりしている子で、その時に限ってたまたま黒板を消すのを忘れてしまっただけだ。無論、責められるようなことではなく、それぐらいのミスなら誰だってするだろう。この英語教師は、こんなに大人げない怒りをぶつけられる程完璧な人なのだろうか。そんな僕の憤りをよそに、尚も不自然な状況のまま進む英語の授業。

言わなければいけない。このクラスの誰かが。「先生、ちょっと」と。

誰が言う?普通に考えれば日直の子が言うべきだろう。でもこの子はきっともう平常心ではないだろうから、ここで前に出るべきではない。こういうときは学級委員長の出番だな。誰だ、学級委員長は?…僕だ。そういえば僕は学級委員長だった。授業開始時の挨拶も僕が号令をかけたんだった。不自然な状況に学級委員長であることを忘れていた。僕が言わなければいけないのか?ダルい。はっきり言ってダルい。今この瞬間だけ生き物係になりたい。お花の水遣り係でもいい。もうこのまま授業が終わってしまえばいい。

そんな学級委員長の風上にも置けないことを考えていた矢先、クラスで最も頭の良いK君が口を開いた。「先生」と。待ってましたと言わんばかりに振り向く英語教師。

英語教師「何!アンタたちが黒板消してないのが悪いんでしょ!」

K君「スペル間違ってます。」

よくよく見ると、英語教師の書いた単語のスペルが間違っていた。K君はこの状況で、スペルミスを指摘したのだ。「あぁ…ごめんなさい」と妙にがっかりした様子で単語を書き直す英語教師。再び顔を見合わせるクラスメイト。必然的にその部分だけ綺麗になる黒板。書き直した単語はやけに目立っていた。

結局、英語の授業はそのまま終わった。日直の子がすぐに黒板を消しに行ったのは言うまでもない。K君に心境を聞いてみると「スペルが間違ってたから」と一言。K君はあの状況で、あくまで普通に授業を受けていたのだ。頭はいいけど少しぶっとんでるんだな、と思った。

ちなみにK君は今、中学校の英語教師をしている。人のミスも許してあげられる、優しい先生になっていることだろう。